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May 23, 2013

ピンクのにあう王様 (または薔薇の値段の話)

 その王様は若くて美しく、一目見ればみんな好きになってしまうよと、王様を見た人誰もが言いました。ちょっと首をかしげて微笑まれるお姿は、咲きこぼれる満開の果樹園のよう、ふと目を伏せる思わしげな横顔は、胸痛むほど静かな星空のようでした。

 宮廷の臣下たちは王様がお出ましになると、もう何だか訳もなく我が身が恥ずかしくなって、頬を赤らめ、胸の鼓動は早まり、王様のためなら何だってしたいと、世にもまれなこの王の栄光を、どうやって広く知らしめ、永遠にするか、知恵を絞るのを惜しみませんでした。

 貴婦人や乙女たちはもちろん例外なく王様に恋をしていました。恋心を顕わに群れはしゃぐものばかりではありませんでしたが、ひっそりと秘めて思うご婦人も、口では皮肉を言うご令嬢だって、本当は王様が好きで好きでたまりませんでした。

 そんな貴婦人や乙女たちに恋心を抱く紳士たちは、困ったことと王を小憎らしく思わぬでもないながら、自分だって本当は、王様が大好きなことにかわりはありませんでした。王様に焦がれるもの同士、案外上手くいくカップルも多くありました。

 王様のお姿をじかに見る機会など滅多にない民たちだって、王様が大好きでした。花の祭りの行列で手をふり微笑まれる王様を直に見たものはもちろん、その姿を描いた絵や、詩や、歌や、物語を通して、国中の民が王様に恋いこがれ、恋い慕うようになっていったのです。

 王様にはピンクがよく似合いました。祭りのご衣装はピンクのサテンにレースとモール、宝石と真珠、ビーズと刺繍とで、丹精凝らして飾られました。王様は人に喜ばれるのが大好きでしたので、この世のものとも思えぬ美しいご衣装を着て、ピンクの薔薇で飾り立てた御輿の上に立ち上がり、あちらにも、こちらにも向けて手をお振りになりました。祭りの御輿で立ち上がられたのは、この王様が初めてでした。集まった人々は日々の苦労も辛いさだめも忘れ、熱に浮かされたように王様を讃えて声を張り上げました。

 王様は皆を喜ばそうと、毎年の祭りの行列に、いろいろの趣向を凝らされました。神話の英雄の扮装をなさったり、御輿の下に隠したたくさんの白い鳩を飛ばしたり、一幕の無言劇を演じて下さることもありました。御輿の上に泉を作り、本物の白鳥を浮かべたりもなさいました。ある年には、酒場のように仕立てた御輿の上で、王様はしどけなく酔ったようなお姿で皆の前に現れました。別の年には、夢のように美しく作り込まれた一角獣の作り物と共に、女神の扮装すらなさいました。まことの女神もかくやと思われるほど美しかったのですが、女神にしてはどうにも艶めかしく、どこか退廃的で、それがまた余計に人々の心を揺さぶったのです。いつの年も人々は息を呑んだり、熱狂したりして、王様に夢中になりました。

 そんなお姿を描いた絵や版画は、国中で飛ぶように売れました。詩人は王様に詩を捧げ、特に出来のよいものは国中で人々の唇にのぼりました。歌や物語はあちこちで演じられ、どこでも大いに賑わいました。芸術家たちは霊感にも収入にも事欠くことはなくなりました。

 王様の趣向は必ず国中のはやりになりました。人々は白い鳩を飼い始めたり、白鳥や一角獣の人形を部屋に飾ったり、大いに酒を飲んだりしました……が、さすがに酔っぱらいが増えて困ったことになると、お酒は三杯までとお触れが出されることもありました。

 王様が髪粉で髪をピンクに染めることを思い付かれると、宮廷に命じられた薬剤師の組合は、大いに発憤し、王様の御髪が痛まぬよう、またより鮮やかに発色するよう、研究と工夫を重ねました。このときの研究のおかげでとても上質な髪粉が作れるようになり、遠い国々にまで大いに珍重されるようになりました。

 王様が無花果のパンがお好きだと聞けば、金持ちもそうでないものも、無花果のパンを買いに走りました。貧乏人もなけなしの稼ぎを出し合って無花果のパンを買い、皆で分け合ってほんの一口、食べてみずにはいられませんでした。どこそこのワイン、菓子、織物やリボン、首飾り……王様のうわさ話一つで、いろいろなものが流行り、いろいろな商売が大もうけしました。

 でも、何と言っても王様にはピンクの薔薇がつきものでした。人々は争って薔薇の花を買い求め、部屋に飾り、髪に胸に飾り、庭に植えました。農家はたくさんの薔薇を育て、工夫を凝らして、美しい薔薇を王様に捧げようと努力しました。そのおかげでこの国の薔薇は次第に有名になり、外国からたくさんの買い手がやってくるようになりました。しまいには、薔薇の苗一本に、家一軒分の値が付くことすらあったのです。

 王様のおかげで国は富み栄えました。大金持ちになるものもありましたし、そうでないものにも何かしら仕事はありました。病に苦しむ人や辛い労働をする者たちだって、王様の絵を見、歌を聴くときには、夢見心地になれました。本当に幸福な、夢見心地の時代でした。

 王様は美しく年を重ねていかれました。白い額に宿る少年のきらめきこそ失せたとはいえ、その眼差し、ほほえみ、貴婦人のごとき白い指先は、ますます魅力を増していくのでした。

 廷臣たちは有頂天で、ある日集まって相談することには、今後、王が歩かれるときはいつも、薔薇の花びらを敷いた通り道をつくること、と決めました。王様は、本当はちょっと窮屈になるなとお思いでしたが、いつも尽くしてくれる臣下たちを喜ばせたくて、なるべく無理のない経路で移動するよう工夫なさいました。

 日ごと年ごとますます多くの薔薇が植えられ、絵が描かれ、詩が紡がれ、歌が歌われ、物語が語られ、多くの夢が人々の心を…ついでに多くの人の懐を…満たしました。こうして語っている私だって、王様の話ならいつまででも言葉を紡いでいたいのですが、何ごとにも終わりというものはやって来るのです。

 その年の祭り、王様は王様の格好をなさいました。つまり御輿に玉座を据え、王冠をかぶり王笏を手にしておられたのですが、もちろんどれも祭りのために作られたものでした。御輿の玉座は、王宮にある本物の玉座より、もっと美的に誇張されたデザインで、濃淡とりどりのピンクの薔薇とクッションで埋まっていましたし、王冠もピンクのサテンを張ったもので、王様はそれを気怠げな風情で斜めにかぶっておられました。王笏はつややかなピンク色に塗り上げてあり、まるで本当に薔薇の花が咲き出ているかのように細工されていました。御輿に裾を広げる大きなマントを……このマントについてだけでも長い詩が書けるほど素晴らしく作り上げられた芸術品でしたが……ともかくそれを一方の肩にはおり、その下には、肌の透けるレースの衣装をおめしになっておられました。もちろんご衣装の全てはピンク色です。

 そうして玉座で足を組んだり、組み替えたり、頰杖を付いたりしながら、書簡を読んだり、サインをしたりして王を演じたあとには、いつものように立ち上がって、群衆に手をお振りになりました。
 奇抜な趣向に吃驚させられ続けてきた人々の目には、これはこれで、かえって新鮮にうつりましたし、何よりも王様が、王としてこんなに素晴らしく美しいということが、人々の喜びでした。

 降り注ぐ花びらと人々の歓声の中、王様の御輿はゆっくりと進んでいきました。そして運命の四つ辻に進み出ていったのです。

 レースの手袋に包まれた美しい御手を上げ、人々の歓声にこたえていた王様の胸に、一本の矢が飛んできて、深く突き刺さりました。

 人々は息を呑み、声を上げるものは誰もありませんでした。
 
 王様は手を高く上げたまま、御自分の胸に視線を落とされました。胸に刺さった矢はピンクに塗られ、矢羽根はピンクに染められていました。王様はそれをご覧になって、少しほほえみ、矢の飛んできた方に目をお向けになりました。

 通り沿いの屋根の上で、一人の少年が弓を手に震え、頬は涙で濡れていました。
 祭りの晴れ着に身を包んだ少年の胸と、手にした弓には、ピンクの薔薇が飾られていました。

 王様はゆっくりと手を振り、少年に挨拶を送ったかと思うと、次の瞬間、薔薇に埋もれた玉座の中へとくずおれていかれたのです。

 これが「王様の趣向」であったらと、一縷の望みをかけていた群衆は、悲鳴と怒号の中、初めて知ったのです。何もかもピンクに飾られた御輿の中、ただ王様のお胸から吹き出す血潮だけは、皆と同じ真っ赤な色なのだということを。

 そののちの日々のあれこれについて語るのはやめにしましょう。悲嘆に暮れた人々の混乱も、王の葬列も、まして矢を射た少年に下された、美しく残酷な刑罰のことなど、今はとても語りたくありません。

 ……薔薇の値段は大暴落しました。

 それでも、王様に見ていた夢の他、この国に残ったのはピンクの薔薇畑ばかりだったのです。

                                                           (おわり)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
挿し絵代わりに…お嫌いでなければ、ピンクのにあうジュリーをどうぞ(^_^)
    お話のクライマックスのイメージと重なります(*^_^*)


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