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December 07, 2010

なくした半分

 ある森に、一羽の鳩がいました。

 ちっぽけな、取るに足らぬ鳥でした。
 森に住む鳥たち、獣たちの誰も、鳩のことを気にかけはしません。
 でもそれを気に病むこともありませんでした。

 鳩には秘密の宝物があったのです。

 巣の中に、一粒の美しいサファイアを持っていたのです。
 それが何処から来たものかは、今は問いますまい。
 ただ確かに、そこにあったのです。
 この秘密だけが特別なことでした。
 巣の中にサファイアを持つことが、特別でないはずがありません。
 
 けれどある日、災厄がやってきて、森の半分が焼けてしまいました。
 鳩の巣も、巣をかけていた木も焼け落ちました。
 炎の中でサファイアは砕けました。

 森の半分は残りましたが、世界の半分が失われたようでした。

 目からは涙も零れません。
 涙はきっと、ほかの美しいもの、良きものと一緒に、失われた世界の半分にあったのでしょう。
 二度と帰らぬものたちを、忘れることも出来ないでしょう。

 鳩は残された木に巣をかけ直しました。
 けれど砕け散ったサファイアの欠けらを探し出し、拾い集める気力は、もうどこにも残っていませんでした。
 本当にもう、ちっぽけな、取るに足らぬ鳥になってしまったと、鳩だけが知っていました。

 これからは、サファイアを抱くかわりに、それを失くした痛みを、巣の中に抱いて生きていくでしょう。
 サファイアは砕けて無くなりましたが、痛みはなくなることがないでしょう。
 それなら、サファイアより痛みの方が、もっと永遠に近い分、貴いのかも知れません。

 痛みが貴くないのなら、誰も生きてはいけないでしょう。

revised on 19/10/2016

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Comments

ここから物語りが始まるのよね。
続き楽しみにしています。

Posted by: | December 07, 2010 at 22:02

いいえ。何も始まりません。
これはこういう物語なんですよ。
いつか別の物語につながるかどうかは……今はまだ分かりません。

Posted by: らら美 | December 08, 2010 at 01:29

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