なくした半分
ある森に、一羽の鳩がいました。
ちっぽけな、取るに足らぬ鳥でした。
森に住む鳥たち、獣たちの誰も、鳩のことを気にかけはしません。
でもそれを気に病むこともありませんでした。
鳩には秘密の宝物があったのです。
巣の中に、一粒の美しいサファイアを持っていたのです。
それが何処から来たものかは、今は問いますまい。
ただ確かに、そこにあったのです。
この秘密だけが特別なことでした。
巣の中にサファイアを持つことが、特別でないはずがありません。
けれどある日、災厄がやってきて、森の半分が焼けてしまいました。
鳩の巣も、巣をかけていた木も焼け落ちました。
炎の中でサファイアは砕けました。
森の半分は残りましたが、世界の半分が失われたようでした。
目からは涙も零れません。
涙はきっと、ほかの美しいもの、良きものと一緒に、失われた世界の半分にあったのでしょう。
二度と帰らぬものたちを、忘れることも出来ないでしょう。
鳩は残された木に巣をかけ直しました。
けれど砕け散ったサファイアの欠けらを探し出し、拾い集める気力は、もうどこにも残っていませんでした。
本当にもう、ちっぽけな、取るに足らぬ鳥になってしまったと、鳩だけが知っていました。
これからは、サファイアを抱くかわりに、それを失くした痛みを、巣の中に抱いて生きていくでしょう。
サファイアは砕けて無くなりましたが、痛みはなくなることがないでしょう。
それなら、サファイアより痛みの方が、もっと永遠に近い分、貴いのかも知れません。
痛みが貴くないのなら、誰も生きてはいけないでしょう。
revised on 19/10/2016
「創作」カテゴリの記事
- 鳩が死ぬ(2016.07.28)
- 髑髏流転(2013.07.21)
- ピンクのにあう王様 (または薔薇の値段の話)(2013.05.23)
- 動物たちの夢と、言葉が降りてくること(2011.10.19)
- なくした半分(2010.12.07)
The comments to this entry are closed.
Comments
ここから物語りが始まるのよね。
続き楽しみにしています。
Posted by: | December 07, 2010 22:02
いいえ。何も始まりません。
これはこういう物語なんですよ。
いつか別の物語につながるかどうかは……今はまだ分かりません。
Posted by: らら美 | December 08, 2010 01:29