« ゆうべ見た夢 --天使の涙 | Main | 湖の魔女 »

February 14, 2010

女性談義

 ある夜、男ばかり四人が集まって酒を酌み交わしていた。古くからの知り合いで気心は知れていたし、酒も入り、話は自然と女性談義へと向いていった。
 現在の境遇は四人それぞれにずいぶんと違ってしまったが、この手の話となれば気持ちはすうっと若い頃に立ち戻ってしまう。

 一人の男が口を開いた。俺は本物の女がいい、と。春の陽射しのように明るく、朗らかで、母性に溢れる本物の女が理想だというのだ。言外にあるのは、小生意気な女などいらぬということだったが、他の三人はそれもよく分かっており、敢えて口に出す者はいなかった。
 男たちの一人はそこで、こんな歌を詠んだ。

  肥沃なる大地潤したゆとうて水面は映す春の爛漫

 先の男は頷いて、それこそが本物の女だよと言った。
 昔からそうだったのだが、この男は、自分の価値観が世間の常識そのものだと信じて疑ったことがない。正直だし、素直で単純な男で、悪い奴ではないのだが、ふと押しつけがましかったり、無神経だったりすることもある。女心になど疎く、どこか独りよがりなせいか、仕事も充実して殊更に欠点というのもない割に、女性と付き合っても長続きしたことがない。
 古い友人らはその原因がどこにあるか、この男に指摘してやったことも昔はあった。しかし彼には、何を言われているのか、その意味がまるで理解できないのだ。自分こそが一番正しい常識を体現していると信じている男には……いや、しかし他の三人が、少々常識から外れているということも、あながち否定しきれるわけではない。

 別の男がふと呟いた。可愛い女が良いよ、と。無邪気で、悪戯で、抱きしめたいけど触れたら壊れてしまうんじゃないかと思うような、可愛い女がいいよ、と。
 この男には事情があった。十代の頃に好きだった女に死なれているのだ。正確には初恋とは言えないのだが、初めての真剣な恋だったには違いない。少年特有の意地で些細な理由から連絡を絶っているうちに、彼女は速やかに逝ってしまった。あまりに大きな苦しみのために、男はその時から、自分が実際の年齢よりひどく年をとってしまったという感覚を持ち続けている。歳月は流れ、それももう遠い、古い話になってしまったが、今も男の肩先には、何か寂しげな刻印が残り、ふとした拍子に心の一部分を過去へと繋ぎ止めてしまう。そして男は、目の前にいる女よりも過去の女をより愛しているのではないかという自分への疑いから、一歩踏み込むことのできない消極性が、もう芯から身に付いてしまっているのだった。
 初恋をなぞるような、ためらいがちな男の愛情を知る友人は、今度はこんな歌を詠んだ。

   木漏れ日に戯る児らの髪飾り触れるさきより花は零れる

 ああ、そうだね、と男は頷いた。そしてそれきり何も言わず、心は喪失の中に佇む。

 そんな空気を振り払おうとしてか、もう一人の男が吐き捨てるように言った。俺は高嶺の花がいい。絶対に手の届かない、絶対に俺なんかを必要としてはくれない、高嶺の花がいいんだ、と。
 この男は四人の中で、一番世間から外れてしまった境遇にある。一時はエリートの高給取りだったこともあり、彼らの中で一人だけ、結婚もしていた。しかしトラブルを起こして職を失ってからは、妻子にも去られ、今では怪しげな仕事で糊口を凌いでいるらしい。草臥れたシャツを着て、現在の惨めさを隠そうという気すら失って、半ば楽しむように開き直っている。
 そんな男が夢見る高嶺の花に思いを馳せながら、彼の友人は歌を詠んだ。

   肌を刺す夜明けの大気張り詰めて露置く花は凛と気高し

 無精髭の生えた頬を僅かに歪めて俯く男に、春爛漫の歌の男が、不満そうに呟いた。観賞用ならいいけどな、そんな女は、自分のものにはならないだろうに、と。高嶺の花の男は仕方なさそうに答える。嫁探ししてるんじゃないんだよ、理想の女の話さ、遠くから見てるだけでいいんだ。爛漫の男には、その意味すら分からない。

 先刻より歌を詠んでいた男が、静かに口を開く。どんな女だって、皆、好きになった男の腕の中で、命を燃やすのじゃないかね、と。
 そしてこんな歌を詠んだ。

  真夜中にただ音もなく香るらし花一輪の秘めし命は

 昔から何ごともそつなくこなし、女に不自由したことのない男だった。さりとて、やはり長続きはしない。本気と受け止めてもらえずに、美しい女たちが通り過ぎてゆくだけだ。一人の女をというより、女そのものを愛しているような男は、恋人にも、まして夫には、更に向かないだろう。
 男は言った。春の爛漫が、木漏れ日の花飾りが、そして夜明けの露置く花が、この腕の中で命を燃やし香り立つ様を思えば、ゾクゾクするじゃないか。
 男たちはそれぞれの理想の女に思いを馳せ、笑みを浮かべた。


 この話を私にしてくれたのは、歌詠みの男だが、私はつい、彼に聞いてしまった。私のために歌を詠んではくれないのかと。彼は当然のように答えた。真夜中の一輪の花は、君のことを詠った歌だよ、と。

 私はこの男が嘘つきなのを、よく知っている。
                                                          (了)

|

« ゆうべ見た夢 --天使の涙 | Main | 湖の魔女 »

創作」カテゴリの記事

Comments

らら美さん、お久しぶりです。
「ホームレスの日々」の、神社に新聞紙を敷いて
野宿しながら暗闇でパソコンしたいた男です。
覚えていてくれて感激です!久々にブログ更新
なされたんですね。格調高い貴方の文に触れると
すごく勉強になります。貴方のところには時々
遊びに来ていますが、もとプロの作家だとは
知りませんでした。野宿していた時はそんなことは
知らなかったから気軽にコメントしたりして
いましたが、今はなんだか貴方の前で萎縮して
しまい、小学生のような文になってはいまいかと
心配です(笑)
実は自分は今パソコンがなくて、レオネットという
やつでネットしています。画像もアップ出来ない
貧乏ブログです。深夜のソリストで検索して
下さいね。恐れ多いですが是非、らら美さんが
コメント第1号になってくれないかなぁ…と
思っています。今度はヤフーのメアドをちゃんと
入れておきますからお許し下さい。
最近の自分はというと、ヒマさえあればチャリで
メタボダイエットを兼ね、近郊の神社巡りを
しています。神社にはなぜか縁のある男です(笑)
お賽銭あげて般若心経唱えて…年とった証拠です
かね~

Posted by: 深夜のソリスト♪ | March 07, 2010 01:14

ああ、やっぱりそうだったんですね!
お元気そうで何よりです。
ブログ、ゆっくり読ませて頂きますね。

神社巡りって良い趣味ですよね。パワースポット多そう。

Posted by: らら美 | March 08, 2010 13:40

The comments to this entry are closed.

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 女性談義:

« ゆうべ見た夢 --天使の涙 | Main | 湖の魔女 »