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October 03, 2008

ムームーの長いお散歩 --ハンマーを持った少年のお話

 ムームーの本当の名前は「ムー」ですが、みんながこの子を「ムームー」と呼びます。

 ある日ムームーは散歩の途中、小さな入り口を見つけました。
 小さな建物のはじっこにあいた、小さな入り口です。
 入り口には扉がありません。
 (きっと素敵なことがあるに違いないわ!)とムームーは思いました。
 入り口の向こうには、地下へと降りる階段がありました。ムームーはその薄暗い階段を、わくわくしながら下りていきました。

 階段の下は、薄暗い小さな部屋でした。天井近くの小さな窓から、かすかな明かりが差し込んでいます。
 ムームーは目をこらして、部屋の中を見回しました。
 部屋のすみっこに一人の少年がいました。
 少年は膝を抱えて座り込み、ギョロッとした目でムームーを見上げていました。
 ムームーは少年にあいさつしました。
「あたしムームー。よろしく」
「……」
 少年は黙ったままでした。ムームーは続けます。
「本当はムーっていうんだけど、みんなムームーって呼ぶの」
「……」
 少年は何も言いません。ムームーはさらに続けます。
「あんたと友達になりに来たのよ」
「……」
 少年はまだ黙っています。
「ちょっと聞きたいんだけど、あんた、ここで何してるの?」
 すると少年は、ようやく口を開きました。
「……人を叩かないようにしてるんだ」
 少年の声が聞けたので、ムームーはうれしくなりました。
「それは素敵ね。人を叩かないって、あたし、いいと思うわ」
 それからちょっと首をかしげて、ムームーは少年にたずねました。
「人を叩かないのはいいけど、あんたはここで座ってなきゃいけないの? ここが好き?」
「特別好きじゃないさ。でも、ここにいなきゃダメなんだ」
「なぜ?」
「ぼくにはハンマーしかないからだよ」
 少年は右手に握ったハンマーを見せました。
「ふぅん」
 ムームーはちょっと足を交差させ、両手を頭の後ろで組みました。
「ハンマーしかないと、どうなるの?」
 少年は悲しそうにムームーを見上げました。
「ぼくにはハンマーしかないから、見えるもの全部がクギみたいに思えてきちゃうんだ」
 少年の顔は本当に悲しそうでした。見ているムームーも悲しくなってくるほどでした。
「あら、まぁ……そうなの?」
「そうなんだ。朝食のトーストもクギみたいに思えて叩きつぶしちゃったし、ミルクティーのカップもクギに思えたからたたき割っちゃった。もちろん、ゆで卵も」
「あら、まぁ……それで、怒られなかった?」
「怒ってる母さんがクギみたいに思えてきたんだ。だから慌ててうちを飛び出して来たんだよ」
「そう。大変だったね」
「うん。大変さ。……兄さんにはピッケルがあるのに、ぼくにはハンマーしかないからね」
「へぇ……まぁ、ピッケルって、いいよね」
「ピッケルはいいよ。ピッケルがあるから、兄さんは山登りが出来るんだ」
「そっか、ピッケルなら、山登りできるよね」
「うん」
 ムームーは少年のとなりに座ってみようかな、と思いました。
 けれどムームーが一歩、歩き出そうとすると、少年が大きな声で叫びました。
「だめだ! こっちに来ちゃだめだよ! ぼくにはハンマーしかないから、きみのこともクギだと思っちゃうじゃないか。それ以上こっちに来ちゃいけないよ」
「ああ、うん、行かないよ。……でもあんた、あたしのことクギみたいだと思う?」
「わかんないよ。暗くてあんまりよく見えないし。でもよく見たらきっとクギだと思っちゃうさ」
「そうなんだ」
 少年の手は、しっかりとハンマーを握りしめています。
 ムームーはあらためて、両手を頭の後ろで組みました。何か考え事をしたり、深く思ったりするとき、ムームーはいつもそうするのです。
 すると、ある考えがムームーの心に浮かんできました。ムームーはにっこり笑って少年に言いました。
「ねぇ、あたし、素敵なこと思いついちゃった」
「素敵なこと?」
「うん。きっと素敵だと思う」
「どんなこと?」
「あのね、こんなのどう? まず、あんたはハンマーを床に置いて、握ってる指をそーっと開いてみるの。それから立ち上がって、こっちに歩いてきて、あんたはあたしと握手するの。どう? 素敵じゃない?」
 少年はびっくりしてムームーを見つめていました。ムームーはにっこり笑って頷きました。
 少年は、ゆっくり、ハンマーを床に置きました。
 それからハンマーを握っている指を、そーっと、まずは親指、次に人さし指、中指……と開いていきました。
 少年はますますびっくりした顔で、何も握ってない自分の手を見ました。それからその手を目の高さまで上げたので、ムームーは片手を振って見せました。
 少年は静かに立ち上がり、からっぽになった手を前に突き出したまま、一歩、また一歩、ムームーの方へと歩いていきました。
 少年が手の届くところまで来ると、ムームーはしっかりその手を握って、二人は握手をしたのでした。
「ほらね? やっぱり素敵じゃない?」
「うん……すごいや。これで昼ご飯までにうちに帰れるよ。お腹ぺこぺこなんだ」
「朝ごはん食べそこねたんだもんね」
 少年は頷いて、ニコニコしていました。
 ふと、ムームーが思いついたように言いました。
「ねぇ、あのハンマーだけど」
「うん」
「持ってってもいいんじゃない?」
「そうかな……」
「だってほら、クギと板を探せば、木の上に秘密基地が作れるし」
「そうか! そうだよね! 秘密基地とか、犬小屋とか!」
 少年はハンマーを拾い、ベルトに挟みました。
 それから二人は一緒に階段を上って、小さな出口をくぐり、地上に出ました。
「うわぁ、まぶしいや」
 少年はそういって目を細めました。
「ありがとう、ムームー。ぼくはジャン。でも、もし君がそう呼びたければ、ジャンジャンでもいいよ」
「そうね……『ジャン』と『ジャンジャン』、どっちが素敵な呼び方か、今度あうときまでに考えとくわ」
「うん」
「じゃあね」
「じゃあ、また」
 二人はたがいに手をふって、別々の道へと歩いていきました。

 ムームーはまだ散歩の途中です。
 ムームーのお散歩は、いつもとても長いお散歩なのです。

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