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December 29, 2006

戦災復興マンガ『パンプキン・シザーズ』 その2

その1から続く

○アリス・L(レイ)・マルヴィン少尉
 名門貴族出身の吶喊(とっかん)少尉。士官学校卒業式の日に停戦を迎えた。
 不正義を放っておけず、戦災復興に情熱を燃やす熱血派。
 デカくてゴツイ伍長のヒロインぶりに対し、小柄なアリス少尉の漢(おとこ)っぶりの良さと来たら!!

 任務を遂行した後、伍長が「戦って傷にまみれるのは構いません…でも、世界が変わらないのなら…戦う意味がないのなら」と駄々こねだすと、少尉は言います。「世界!? 背が高いとそんな遠くが見えるか!?」そして、「遠くを見るな、前を見ろ。そこにはちゃんとあるんだ……戦う意味が」。お嫁さんにして欲しいくらいの漢っぷりの良さです。
 また、伍長が「不可視の9番」のご同類に出会ったときには、「本当は戦いたくない相手なんだろ? …だったら--私が戦う」なんて言ってくれちゃいます。
 も一つだけ、印象的だったセリフ。「やがて失うものに意味がないのなら、あなたの命もまた無意味でしょう。時か、病か、刃か、いずれは奪われる。ならば今すぐ死にますか?」

 アリスの「貴族」としての誇りも、かなりよく書けていると思います。
 原作3~5巻の舞踏会事件では、「貴族だから裁かれない、(不遇な)平民だから(何をやっても)許される」などという不公平を許さない、彼女の「公平さ」への意志が描かれます。
 また、「そのうち誰かがやる仕事」を押しつけられたと部下達が愚痴をこぼす任務に対して、「うむ! “そのうち誰かがやる仕事”……まさに公務の神髄だな!!」と、やる気満々で徹底した公僕精神を示したりもします。
 あるいは、民が飢餓に苦しんでいる時代に、自分は毎日不自由なく食べていることを父親に指摘されると、たちまち食事が喉を通らなくなる素直さ(シモーヌ・ヴェイユだって配給食料の分は食べていたはずですけどねぇ)。絶食を続ける少尉に、オーランド伍長はそっと問いかけます。「患者は医者に、自分と同じ病気に罹って欲しいと思うでしょうか」。これもいいシーンです。

 アリス少尉というキャラの特色は、正義感や熱血ぶりよりも、社会への関わりにおける積極性かなぁという気がしています。行動の動機が社会的次元にあるんですよね、この人。
 目の前の人が可哀想だから、という個人的・心理的次元での動機以上に、そのような悲惨が許せない、という社会的次元に動機があるように思えるんです。「公益性」の観点が行動原理の根っこにあるキャラなんですよね。今時珍しい造形です。
 これは一面では彼女の幼さでもあるんだけど、とても大切な純粋さでもある。これがあるからこそ、部下のマーチスやオレルドも彼女の手足となって働くんじゃないでしょうかね。
 アリスが感情面で今後成長して行くにしても、社会正義へのこだわりは捨てないで欲しいものです。

 彼女のこの特色が現れてるなと思ったのが、6巻の郵便局事件。手紙に同封された現金目当てで大量の郵便物を郵便局員たちが盗んでいるとわかり、陸情3課が逮捕に向かいます。ところが犯人逮捕よりも盗まれた手紙の行方を気にする伍長の気持ちが、アリス少尉には今一つわからない。エピソードの最後で実例を目にし(戦死したと思っていた夫からの無事を知らせる手紙)、少尉はようやく、伍長の気持ちが少し分かった、と言います。「戦争で引き離された者から届く一言。その重さを伍長(おまえ)は知っていたんだな……だって、伍長(おまえ)は戦争を知っているから」。
 彼女は一人の女の涙を見て、社会的次元でものを考えた結果、戦争を知る伍長と、戦争を知らない自分との距離を感じてしまいます。これに対し伍長は、実は子供の頃母親に送った手紙のことを思い出して、そのせいで今回の任務に特別な思い入れがあったことを告白します。ごく個人的な動機です。少尉はそこでやっと、「家族を大事に思う気持ちなら--そんな気持ちなら私にだって分かるっ」と胸を張り、戦争を知る者と知らない者、伍長との距離を埋めることが出来る。少尉と伍長の特色がよくでていて、とてもいいエピソードだなと思います。

 彼女が公益性に軸足を置く理由は、「貴族」ということが大きいのでしょう。誇り高く、公正でなければならない、民を守り、時に民を律さねばならない。アリスの心が民主化されないことを切に祈ります。

 戦災復興というきれいごとを、恵まれた環境で育った貴族のお姫様に唱えさせて説得力を持たせるなんて、フツーに考えたら至難の業だと思うのですが、アリス少尉のキャラが絶妙なので、読んでいてとても気持ちがいい。世界を変えようなんて妄想は持っちゃいないけど、社会のあり方に対しては、それをただ与えられた条件、どうせ変わらない環境因として受け入れたりせず、とにかく何とかしようと突進していく--陸情3課を率いて。理想の上司No.1。ほれぼれします。

○陸情3課 パンプキン・シザーズ
 実働部隊の隊長がアリス少尉で、彼女の上司である課長は、昼行灯っぽいながらも、3課の若造たちをちゃんとフォローしてくれるおやっさん的なハンクス大尉。アリスの部下は、ゲルマン臭漂う帝国陸軍の中でもラテン系のノリを崩さない女たらしにして、勤務態度は不真面目だが譲れない一線では熱いところもあるオレルド准尉と、実務能力に長けた眼鏡くんにして、気配りの行き届いた3課唯一の常識人マーチス准尉、そして伝令犬マー君ことマーキュリー号と、軍楽隊出身の事務方リリ・ステッキン曹長。ここにオーランド伍長が配属されて、現在の第3課ができあがっています。

 「戦災復興」という3課の任務は、多分に軍のプロパガンダではありますが、アリス少尉はまるで大まじめに任務に誇りを持っているし、オレルド、マーチス准尉にしても、少尉の吶喊ぶりに溜息をつきつつも、まんざらでもない様子。伍長に至っては、「頑張るから…もっとマシな世の中になるように…頑張るから…俺、3課で戦災復興、頑張るからっ」と夜空に向かって(違うっ)叫んじゃうほど本気です。生きる意味、を少尉に見せられちゃった伍長にとっては、3課の存在意義は命がけです。
 軍のあぶれ者の寄せ集めである3課は、そもそも「平和でお気楽陸情3課」とか「お祭り部隊」とか呼ばれていたのですが、帝国の機密である「不可視の9番」出身のオーランド伍長が来て以来、きな臭い事件に巻き込まれてばかりです。

 3課とは対照的にエリート集団である陸情1課は、大人の事情満載。隠蔽・粛正路線で、ことあるごとに3課と対立しています。ストーリー的には敵方なのですが、登場するキャラはそれぞれ魅力的。場合によっては今後、3課との共働もあるかも知れませんね。

○戦場から帰還できない者たち--伍長の「同類」
 読み切りで登場した初回の敵、ヴォルマルフ中尉率いる903CTT化学戦術部隊は、伍長と同様「不可視の9番」でした。ページ数の関係でしょう、ヴォルフたちの戦時中の苦悩は一コマに凝縮されていますが、扱っていたのが化学兵器なだけに、事故で部下を失ったり、あるいは、データをとるためにわざと十分な装備を与えられなかったりという悲劇も想像されます。ヴォルフたちはおそらく、元々は正規の部隊だったのが、特別任務とでもいわれて化学兵器を扱う非正規部隊へと編成し直されたのではないでしょうか。少ないページ数の中では彼らに対する伍長の感情はあまり描写されていません。同類認定もヴォルフから伍長へと一方的です。
 「おまえは“こっち側”のはずだ、901…あんな奴らのために体を張ってどうなる…?」というヴォルフの言葉は、痛々しい。アニメへとメディア展開した時にこそ、この辺掘り下げて欲しかったですね。

 次に、早くも2巻で登場した908HTTのハンス。こちらも「不可視の9番」の一つである「単眼の火葬兵(アルト・シュミート・イェーガー)」唯一の生き残り。火炎放射兵装に身を包み、水では消せない超高温の炎で人間を焼き尽くす兵士です。元々は藪やバリケードなど進軍の障害物を焼却処理するための工兵装備だったのが、「やっちゃいけない殺し方」が出来てしまうことから、禁じ手の900番台に。
 ハンスの仲間たちは停戦後、防護服を脱いだために死んでいきます。高熱から彼らを守るはずの保護液が、実は火傷を自覚させないための麻酔薬でしかなかったために、防護服を脱ぐとたちまち、皮膚が崩れ落ちて死んでいきました。部隊の中で一番トロくさい奴であったろうハンスは、防護服を脱ぐのが遅れたために生き残り、停戦後3年、ずっと防護服を着たまま。食事と排泄には器具を使い、この先ずっと死ぬまで、防護服を脱ぐことは出来ないと自覚しています。
 ハンスからの同類認定(「ソノランタン、901ATT…。オレ「908」。…オレ、オマエ、仲間…」)をいったんは拒絶する伍長ですが(「901なもんか……俺はもう、陸情3課の…」)、ハンスを救いたい思いはつのります。伍長はハンスを殺さずに捕らえようとして、とどめを刺す前にランタンを消し、同類認定に応じようとしたその刹那、陸情1課の一斉射撃でハンスは殺されてしまいます。鼻水垂らして号泣する伍長。作中でも伍長はこの件からなかなか立ち直れませんでしたが、読んでるこっちも容易には立ち直れないヘヴィなエピソードでした。ハンスは、ヴォルフよりずっと伍長に似てたんですよね。境遇も、立ち位置も。

 もう一つは、6巻で登場のユーゼフ以下ベルタ砦の面々。軍人として、戦争に全てを懸けたが故に平和を拒み、停戦後、周辺の民間人を集めて軍事演習を強制、ついには村に攻撃を仕掛け、村人との戦闘の中であわよくば「戦死」しようと企てる狂気っぷり。
 (どうして勝手に共和国へ突撃しなかったのかという疑問はさておき、)ベルタ砦の部隊は「不可視の9番」ではなく正規軍ですが、伍長自ら同類認定。過酷な戦場を経験した者同士であり、「戦争」という怪物に捕まって帰って来れなくなった彼らの気持ちが、殺すしか能がないと自分を卑下している伍長には、分かってしまう。
 「同類の面倒は…見てあげたい…」という伍長の言葉に対し、村人が思わず「同類って…アンタ達とアイツラは違うよ!」と言い返します。自己評価の低い伍長には、時々こういう言葉が必要ですよね。コマ割りに余裕があれば、村人の言葉に小さく喜ぶ伍長の顔が見れたかも知れません。

○戦災復興を沮むもの--銀の車輪結社
 3課が関わったいくつかの事件の背後で糸を引いている秘密結社「銀の車輪」。
 作中では未だ、この結社の目的も成り立ちも語られてはいません。ただ、戦車の自動給弾装置やオートマチックの小銃など、作品世界にとってはオーバーテクノロジーにあたる技術を持っていて、それを惜しげもなく末端に与えたり、麻薬を売らせて詳細なデータを集めていたりすることが分かっているくらい。
 元少女小説家として、また全国一千万陰謀ファンの一人として、この秘密結社について考察してみましょう!

 時代の先を行く軍事技術を持っているのですから、
その1 自ら世界征服をたくらむシネシネ団である
その2 再び戦争を起こし戦火の拡大をもくろむ死の商人的結社である
 のどちらかなら、その2を推奨。

 また、秘密結社というからには、何らかの思想的結びつきがあってもいいでしょう。秘密結社が広める思想と言えば、「自由、平等、友愛」と相場が決まっています(ホント?)。すなわち、社会秩序の破壊(=自由)、万人の万人に対する闘争(=平等)、目に見える世界以外の超越的価値の否定(=友愛)。
 こっちの方面で行くと、銀の車輪が革命を煽るというパターンも考えられますかね。その際は、ホースト侯爵がオルレアン公の役回りか?

 まとめると、戦争や麻薬や革命や、とにかく世界を混乱させてうまい汁を吸おう系の人達と、焦土の後に新たな理想の世界を築こう系の人達が集まってるのが「銀の車輪」結社なんじゃないでしょうか…。終わらない混乱そのものが目的という方が、むしろ現実に近いかな?(←レオ様はこのタイプかも)

 いずれにしろ、この結社との対決がパンプキン・シザーズのラスボス戦ということになるのでしょうか? カウプラン機関がどう動くのかも、伍長の運命を左右する重大な要素ですが…。

 もしもこの作品が、銀の車輪結社を通して、戦災は決して必然ではなく、それによって利益を得るものが仕組んでいる、という一般解まで導き出すとしたら、すごいですね。すなわち、全ての戦災は人為戦災である…。

 ヘヴィなテーマを扱いながら、それぞれのキャラの魅力はもちろん、キャラ配置のバランスも良く、ギャグパートでは思いっきり笑えて、ストーリー展開も納得いくし、絵も綺麗。これだけの作品を描く作家が、ラストに向けて「一人また一人と仲間が死んでいく…」ような安易な展開はやらないと思うけど、伍長が最後どうなるかは不安が残ります。伍長が犠牲になれば読者を泣かせることは簡単にできちゃうけど、それはあまりにもなぁ…。
 3課の誰かが犠牲にならなきゃいけないとしたら、一番納得いくのは、実は恐ろしいことにアリス少尉だったりするんですよね。彼女は武門の誉れマルヴィン家出身の軍人だから、作戦中に命を落としてもいいんだよねぇ、本人的に。でも、アリスが死んで伍長が立ち直り可能なパターンというのは……出来ないことはないけどさ、それも切ないなぁ。物語の法則を発動するなら、レオ様がアリスや伍長を救っちゃうという結末も考えられますが…それをやる作者かどうかまでは、まだ読めないです。(るろ剣では雪代縁が薫ちゃんを助けるところで物語の法則が発動されましたね。これはある程度期待通りでした。)
 いずれにせよやはり、3課のみんなには全員生還して欲しいですよ。大波乱の後、陸情3課にいつもの日常が戻ってくることを願ってやみません。

 まだまだ先は長いと思うけど、当分は、伍長が可愛くて可哀想で心配でたまらない日々が続きそうです。

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