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March 01, 2005

『ユイスマンス伝』読了

 600ページ近くあったけど、後半に行くほど引き込まれた『ユイスマンス伝』。原著は1958年。

 とりあえず面白かったエピソードを一つだけ。ユイスマンスの友人で、マルタ騎士団の団長の血を引くヴィリエ・ド・リラダン。落ちぶれ果てた名門貴族の末裔は、ボクシングジムでサンドバック代わりの練習相手として雇われていたこともあるほど、生涯貧苦に喘いだ文学者だったらしい。だが、誇りだけはまさに名門貴族で、人の施しを受けることなど堪えられない彼を、どうやってさりげなく援助するか、友人たちは知恵を絞ったらしい。彼の愛人は家政婦で、一人の子供もいた。跡取りである一人息子を、死ぬ前には嫡出子にする意志が彼にはあったが、そのためには愛人と正式に結婚しなければならない。彼は貧苦の中で胃癌に倒れるのだが、本当の病名を知らされなかったため、自分の死が近いことを知らず、愛人との結婚を先延ばしにする。婚姻届の妻の職業欄に「家政婦」と書かれるのが、誇り高い彼には許せず、また、回復したときには妻の身分の低さが悩みの種になると分かっていたからだ。ユイスマンスやマラルメは彼を説得しようと四苦八苦する。結局は、ある神父が彼を説き伏せ(おそらくは病名を告げ死が近いことを知らせたのだろうと書かれている)、病床で結婚証書に署名する段になって、妻となる女は、自分は字を書けないと言い出した。彼の誇りがどれほど傷付けられたか、可笑しくも悲劇的な、印象に残るエピソードだった。

 さて、デカダンス運動の火付け役となった『さかしま』を、実はまだ読んでない(今日買ってきた)。カソリックへの改宗とその後の神秘主義的著作に興味があったので、デカダンスの聖典みたいに言われている『さかしま』は、まぁそのうち読めばいいやと思って後回しにしていたのだが、伝記を読んで俄然読みたくなってきた。
 ゾラの弟子とみなされていたユイスマンスが、自然主義から離れて己の精神を追い詰めていく出発点となったのが、この作品らしい。

(レオン・ブロアによると)ユイスマンスのこの上ない功績は、人間の快楽は限られていて、その欲求は無限であり、各人は遅かれ早かれ、「牛飲馬食をこととするか、神の顔を見るか」のどちらかを選ばねばならない事実を示したことだった。 p.138
 人間の卑しさに対する徹底的なペシミズムの先には、「もはやピストルか十字架の下しか行く道はない」(P.139)。こう言っても、納得する日本人はおそらく少数だと思う。ピストルはともかく、十字架の下に行ったら、「宗教に救いを求めちゃったのね」くらいにしか思わないのが普通だろう。実際、お手軽な救いに飛びつく人も多いし。
 「人間の欲望には限りがない」というのは、あちこちで振りかざされる決まり文句で、だから戦争も環境破壊もなくならない、というわけ。でも、ユイスマンス伝を読んで思ったのは、「限りない欲望」に堪えられる人間が少ないからこそ、お手軽な欲望を満たすことにきりがないんだな、ということ。欲望を満たすことが出来ないという現実に直面して、刹那の享楽で身を滅ぼすか、絶望して死ぬか、精神的充足を求め俗世を捨てるかまで突き詰める人ばかりなら、世界はものすごく静かになるはず……宗教戦争以外なくなるだろうね。

 デカダンスから神秘主義的傾向への敷居は低く、ユイスマンスはジル・ド・レェの悪魔主義を『彼方』で描くことになる。ジャンヌ・ダルクと共に戦った若き英雄が、途方もない豪奢と残虐の限りを尽くした挙げ句、処刑を前に悔悛し、人々の祈りに送られて死んでゆく。19世紀当時のフランスと中世、両者の悪魔主義を描いたこの作品は、おどろおどろしいモチーフにもかかわらず、既にペシミズムを越えて、救いを求める者の物語となっている。

 信じたい、という欲求に駆られながらも、さんざんにためらう様子が『出発』で読める。劇的な改心の体験はなく、「気付かぬうちに働いている胃の消化に類する」(P.270)ような緩慢なプロセスを経て、彼は信仰に立ち戻る。

 感動的だったのは、ユイスマンスの最晩年の闘病の様子。舌癌ということで、歯痛から始まり、最後にはかなり壮絶な病状になっていく。ユイスマンスは『腐乱の花』(←絶版?アマゾンでもbk1でも出てこない)で、ありとあらゆる病苦を身に受けて、夥しい血膿の中でキリストの花嫁としての法悦に浸るに至ったスヒーダムのリドヴィナという福者(ユイスマンスは聖女と呼ぶ)のことを描いが、その何分の一かの苦しみを、彼自身が引き受けることになったわけだ。『腐乱の華』の中でユイスマンスは、神秘的な身代わりの教義に辿り着いている。キリストに倣い、苦しみを引き受けることで、世の罪の許しを神に請うというもの(これは救貧活動などに当たらず専ら祈りに身を捧げる観想修道会の存在意義でもあると彼は言う)。ユイスマンスは顎に穴があき、その肉が腐臭を放つという状態になりながらも、モルヒネの投与を、「神が与えて下さった苦痛を、地上の忌まわしい楽しみに変えようとなさるんですか!」と言って拒んだ。書いて、信じたことを、本当に実行できる人がどれだけいるだろう。そんな彼の晩年のことはまったく知らなかったので、とても衝撃的だった。

 印象的だったユイスマンスの言葉をもう一つ。
 彼の診察をした医者が、彼よりも先に癌で死んで、埋葬通知を受け取ったのだが、その医者が診察代を受け取らなかったことについて、言ったセリフ。

彼が診察代を払わせなかったのは、いい思いつきだと思わないかね。だってそれを払ってしまえば、私たちは貸し借りなしになり、そうなれば、こちらは彼のために祈る必要はなくなるからね。ところで今彼に必要なのは、たぶんお金より祈りなのだ。(P.522)
 さんざん迷って買った甲斐のある本だった。

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