新潮文庫『夜間飛行』に所収。
「夜間飛行」より断然「南方郵便機」の方が好きだな。「夜間飛行」は、ちょっとプロジェクトXっぽい。最先端の挑戦である夜間の航空輸送、その事業を推進する強い意志を、あたかも人間の生命力の発露であるかのように意味付けているように感じられて、その点がいまいち物足りない――『戦う操縦士』を読んでしまったあとでは、特に。行為自体の無意味さと、行為の不可避性による崇高さという緊張感がないと、文学だぁ~って気がしない。冒険は巡礼のパロディではないのか。
それでも気になるフレーズは沢山。
――君は自分の手の中にあまたの人間の生命を預かっている。……(略)……彼らがもし、友情のために君に服従するとしたら、君は彼らを裏切ることになる。君には、個人として他人を犠牲にする権利なんかまるでありはしないのだから p.43
個人的な幸福よりは永続性のある救わるべきものが人生にあるかもしれない。ともすると、人間のその部分を救おうとして、リヴィエールは働いているのかもしれない? もしそうでなかったら、行動というものの説明がつかなくなる。 p.85
古昔の民の指導者は、あるいは、人間の苦痛に対しては悩みを感じなかったが、人間が死滅することに対してあわれみを感じたのかもしれない。それも個人としての死ではなしに、砂の海に埋もれてしまう種族の死に対して。ために彼は、民を導いて、砂漠の砂も埋めることのない場所に、せめては石の柱を建てさせたのではあるまいか。 p.86
目的は、ともすれば、何ものをも証明しないかもしれないが、行動が死滅から救ってくれるのだ。……(略)……生命がこの事業を動かすとき、はじめて、彼は人間の死滅に対して戦っていることになる。 pp.100-101
偉業、行動といったものに、いわば積極的に価値を認めていく姿勢には、やはり違和感。「人間の死滅に対する戦い」は、人の頭が考えた理由という気がする。それでも、個人性を越えていく直感の健全さ。「戦う操縦士」で描かれた「真人間の尊厳」だと、世界がそっと明かした秘密のように思える。
さて、処女作である「南方郵便機」の方は、人妻との駆け落ち事件も絡む、より小説らしい体裁。感傷的ではあるが、思索の深さとテーマの深さがちょうど折り合っている気がする。っていうか、ジュヌヴィエーヴ萌え~。
あなたは、菩提樹たちと、樫の木たちと、羊の群れと、いかにも多くの条約を結んでいたので、僕らはあなたを女王様と名付けた。……(略)……あなたは僕らの目には、永久な物のように思われるのであった。理由は、一見していかにもよく物事に結びつき、物事と、あなたの考え事と、あなたの未来とに自信を持っているらしい様子なので。 p.149
彼女は何も為すことはない――男たちのように偉業をなすことはない。ただ彼女の指先が館の壁に、調度に触れるだけで、世界を正しくする。
そんな彼女が、幼い息子の死によって傷付き、いったんは郵便飛行士と駆け落ちをするのだが……彼女が囲まれてきた富という物に対する洞察が深い。
それは財産を惜しむ心でもなく、また財産が与えるものを惜しむ心でもなかった。理由は、彼女が、これまでの生活にあって、ジャックほども、無駄な剰余というものは知らずに暮らしてきたのだから。ただ彼女は今、自分の新生活にあっては、この無駄な剰余にだけ、自分が富むことになると気付いた。
外車乗り回したりブランドのバッグを買うことにだけ富んでいる、貧しい豊かさが回りに溢れてますね。永続性と無縁の無駄な剰余。
彼女は物事に深く結びついていたがゆえに、そこから遁走しようとしたとき、端的に、生きていられなかった。
動き続け行為する生を生きる飛行士の方も、征服者の栄光に相応しい宝物であるはずの彼女を得られずに、それ以上はもう冒険的生を続けることが出来ず、事故で死んでしまう。
ただ郵便物だけが、何事もなかったかのように海を渡っていく。
少年期の追想に彩られて描かれた、行為する生の一つの悲劇。
飛行機乗りの愛し方が書いてある本はないのかな……。
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