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December 02, 2004

「女郎花」「葛城」@京都観世会館

 チケットが当たったので、昨日は久しぶりに一人でお能を見てきました。@京都観世会館。演目は「女郎花」と「葛城」。

 「女郎花」
 一人の僧侶が都見物をしようと上洛の途中、石清水八幡宮に参詣するため男山の麓に来ると、野辺には女郎花が咲き乱れていた。古歌にも詠まれた男山の女郎花を一本手折ろうとすると、老人が現れてそれを咎める。僧と老人は互いに古歌を引いて、花を折ることの可否を論じるが、僧が諦めて立ち去ろうとすると、老人は僧の風流さに感じて八幡宮への案内を申し出、さらに麓の男塚・女塚にも連れて行く。小野頼風夫婦の墓である二つの塚は、弔う人もなく荒れていると嘆く老人は、自らが頼風であるとほのめかして消え失せる。中入り後、僧は里人から頼風夫婦の話を聞き、一夜読経して弔うことにする。するとやがて夫婦の亡霊が僧の前に現れる。女は頼風と契ったが彼の心を信じることが出来ずに川に身を投げてしまう。頼風は彼女の墓から一本の女郎花が咲くのを見て近付こうとするが、花は彼から身を避け、彼が離れると元に戻る。頼風は女の思いを哀れんで、自らも川に身を投げた……。
 前場で夫婦のすれ違いが語られないので、やや情感不足に感じたが、後場で語られる女の哀れさが、結構じぃ~んと来てしまった。相手を信じられずに自ら墓穴を掘る愚かさって、何となく身につまされる。女心よねぇと、妙に共感してしまった。

 「葛城」
 行者の一行が葛城山で雪に降られて難儀していると、一人の里女が現れて庵に案内してくれる。雪を避けて焚火で暖まる行者に、女は、勤行のついでに自分の三熱の苦しみを助けるよう祈りを加持してくれと頼む。不審に思った行者が女に素性を尋ねると、彼女は葛城の神で、かつて役行者に背いて岩橋を掛けなかったために、不動明王の索に縛られて苦しんでいると言って消える。中入りで、行者は里人から事情を詳しく聞き、葛城の女神のために祈祷をする。やがて女神が現れて語る。岩橋を掛けろと言われた時、女体故にわが身の醜さを恥じて夜の間に掛けようとしたが、役行者は昼の間に掛けろと言い争いになった。ともかく橋を架けてしまおうとしたが、夜が明けてきたので完成の前に身を隠したら、それを咎められ縛られてしまった、と女神は嘆く。行者の修法により苦しみを免れた女神は、やがて舞を舞い、夜が明ける前に去っていく。
 神に命じる役行者、行者に助けを求める神。ヒエラルキーの逆転めいていて、面白いなぁと思う。でも何より、醜女の女神が夜の間に橋を架けようとする女心がまたまた身につまされる。役行者に惚れていたのかしらなんて思ったり。明るいとこで見られたくないって気持ち、歳と共にますます解っちゃうなぁ。

 残念ながら夜からすっぽんを食べに行く予定が入っていたので、「葛城」の方は最後まで見ずに抜けてきた。
 ついでながら狂言の「仏師」では、待ち合わせ場所に因幡堂という名前が出てきたが、あらそれうちのすぐ裏手よ~、なんて思いながら見ていた。京都に来て土地勘が多少分かってくると、そういう楽しみもある。

 すっぽんについては次項で。

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