秋分の箱
ある人が河原を歩いていると、上流から真っ四角のハコが流されてくるのが見えた。
黒っぽく塗られたふたの部分が、ゆらゆらと川面に浮かんでいる。
やがてハコは流れのゆるやかな川岸に近づいてきて、浅瀬の小石に乗り上げて止まった。
その人は何となく気になって、土手を下ってハコを拾い上げた。
ちょうど掌におさまるくらいの大きさの宝石箱のようだったが、鍵穴の部分が乱暴にぶち破られていた。
ちょっと力を入れると、少々歪んでいるふたが、難なくひらいた。
中には銀色の鍵が入っていた。
だが、鍵穴を壊したときに、この鍵も一緒に壊れてしまったのだろう、肝心の差し込み部分が曲がってしまっている。
甲斐もないものを拾い上げたとがっかりしていると、また一つ、上流から流れてくるものが目に入った。
同じような大きさの、今度は白く塗られたハコだった。
ここまで来たら拾ってみようと思い、浅瀬に流されてきたところに手を伸ばすと、こちらは鍵穴も壊れていない。
白と黒と、ふたつのハコを両手に、その人は土手に座り込んだ。ふたつのハコは大きさも同じ、どう見ても二つで一組と思えた。
黒いハコから出てきた銀色の鍵を、試しに白いハコの鍵穴に当ててみる。
曲がっていて入らないが、どうやら白いハコを開ける鍵に相違ない。
と、いうことは……
白いハコの中には、黒いハコを開ける鍵が入っているのではあるまいか。
鍵を手にしたまま、その人は二つのハコを目の前に置いてがっくりと肩を落とした。
鍵が曲がっている以上、白いハコを開けることはできない。
仮に無理矢理開けたとしても、出てくるのが黒いハコの鍵ならば、黒いハコは既にこじ開けられているのだから、その鍵など用もないものでしかないのだ。
二つとも閉じたままなら、それはそれで何とはなしに不思議めいてよろしかったものを、誰かが乱暴に黒いハコを開けたせいで、ますます甲斐もないことになってしまった……と、その人は深々と溜息をついてハコを二つとも川に流してしまった。
その年の秋の、昼夜平分の日であった。
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「王子と乞食は二つの閉ざされた手箱。一方の中に他方の鍵がある」という私の大好きな「二つの箱」の話も、現代ではこんな感じかな、って。
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