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September 10, 2004

イタリア人NGO職員人質事件

 イラクでの人質事件は未だ頻発していて、もう大してニュースにすらなりませんが、NGOで働く女性が人質になってしまったそうです。

伊女性2人拉致 バグダッドの援助団体事務所に襲撃(アサヒコムより)

 バグダッド中心部にある人道援助団体「バグダッドへの架け橋」(本部・ローマ)の事務所が7日、武装グループに襲われ、イタリア人の女性職員2人とイラク人2人が拉致された。今年4月から始まった武装グループによる一連の人質事件は移動中に拉致されるケースがほとんどで、建物内部にいる外国人を特定して拉致する手口は、イラクで活動する援助関係者に衝撃を与えそうだ。
 ロイター通信などによると、拉致されたのは、イタリア人のシモーナ・パリさん(29)とシモーナ・トレッタさん(29)、同じ団体に勤めるイラク人男性、別の非政府組織に勤めるイラク人女性の計4人。
 ロイター通信やAFP通信によると、商業地区にある目立たない事務所の前で、カラシニコフ銃などで武装した約20人の男が車を止め、うち2人が押し入って4人を連行した。発砲はなかった。事務所に入った2人の男は武装していたがスーツ姿だったという。
 女性が人質になったのは、4月初めの日本人人質事件以来。これまでの外国人を対象とした人質事件は、8月に南部バスラのホテルで英国人記者が拉致されたケースを除き、紛争地域近辺で起きており、バグダッド中心部での発生は初めて。武装グループは、イタリア人女性らがどこにいるかあらかじめ知っていた様子で、周到に計画された犯行とみられる。
 「バグダッドへの架け橋」は湾岸戦争後の91年に設立。イタリアは約2700人の部隊をイラクに派遣している。これまで民間人5人が拉致され、うちフリーの記者を含む2人が殺害されている。 (09/08 12:05)

 わたくしもご多分に漏れずこのニュースは知りませんでした。バグダッドの真ん中でもさらわれちゃうとは……イラクの状況、ホントにヒドい。こんなイラクに誰がした。
 MLで彼女たちの釈放を求めるメールが流れてきましたので、こちらも一応貼っておきます。
バグダッドで拉致されたイタリア人・イラク人援助従事者の釈放を求める声明
―彼らは占領者の道具ではない―

私たちは、イラクにおける占領に反対し続けている世界中の個人および組織であり、2004年9月7日にイラクで拉致された2人のイタリア人と2人のイラク人の援助従事者の釈放を懇願します。

イタリア人のシモナ・パリとシモナ・トレッタ、およびイラク人のラアド・アリ・アブドゥル・アジズ、マハノアズ・バッサムは、1992年からイラクで活動しているイタリアの独立した人道組織、「Un Ponte Per Baghdad(バグダッドへの架け橋)」のメンバーです。経済制裁の間、他の人道組織がイラクで活動することを拒んでいた時期に、このイタリアの組織は、民間人の苦しみというのが政治的な交渉に使われてはいけないという信念のもと、活動を続けてきたのです。

この占領では、米国とその同盟国(軍)は人道と政治の境界線を曖昧にし、援助と人道支援をイラク人の沈静化のための道具として使ってきました。その結果、イラク人は日増しに、そして理解に難くないことですが、国際的な人道機関に疑いの目を向けるようになりました。このような混乱によって引き起こされた危険にも関わらず、「バグダッドへの架け橋」は、イラク人が彼らの活動の意図を汲み取ってくれるだろうとの信念のもと、イラクでの活動を続けることを決意したのです。

「バグダッドへの架け橋」は、占領をイラク人にとって我慢しうるもの、許容しうるものにするためのイタリア政府の道具でもなければ、米国主導の同盟軍の道具でもありません。そもそも最初から、「バグダッドへの架け橋」はそのスタンスにおいて明らかであり、一貫していました。この組織は、経済制裁に反対し、侵略に反対し、そして占領に反対してきたのです。イタリアにおいて「バグダッドへの架け橋」は、米国主導の同盟に加わるという政府の決定を批判してきました。また、彼らは百万人以上のイタリア人が戦争に反対して行進した2003年2月15日の行進、その後の多くの
平和デモなどの全国的な運動を率いてきたリーダーでもあります。「バグダッドへの架け橋」は、その世界的な反戦運動において活躍し、世界中の反戦組織とのネットワークを築きながら、バグダッドの「占領ウォッチセンター(Occupation Watch Center)」の設立に中心的な役割を果たしてきました。このセンターは、占領を監視するために様々な国の反戦組織・ネットワークによって作られたものです。

シモナ・トレッタは、彼女の人生の3分の1をイラクで過ごしてきました。シモナ・パリは2003年にトレッタに合流したのです。「バグダッドへの架け橋」の現場代表として、シモナ・トレッタは破壊され機能していなかったイラクの水インフラや学校の建物を再建するプロジェクトを監督していました。シモナ・パリは、他の多くのことに加え、イラクのトラウマを持った子どもたちのための教育プログラムを組織していました。ラアッドはイラクの技術者で、この組織のバグダッドとバスラの学校事業に責任を持っていました。マハノアズは社会福祉事業に関わっていました。これらの活動のほかに、「バグダッドへの架け橋」はイラク現地の組織が占領軍による人権侵害の事例を記録できるよう助けていました。今年の4月には、「架け橋」は攻撃下にあったファルージャの民間人に食糧、水、血液、医薬品などを送る人道コンボイを組織し、支援を行いました。先月、米国軍とイラク暫定政府の軍がナジャフを攻撃している間も、「架け橋」はそこにいて、砲火に挟まれたイラク人を救うための救援活動をしていました。

二人のシモナとラエッド、マハノアズはイラクの人々の敵ではありません。彼らは、占領が今すぐ終るよう、イラクの人びとと肩を並べて求めているのです。彼らを拘束している人々に対し、我々は迅速な釈放を求めます。

また、私たちは、イタリア政府に対し、米国主導の同盟から脱退するよう要求します。
私たちは、米国とその同盟国に、占領を終えるよう求めるものです。

2004年9月8日 午後3時(GMT)
【組織】
Iraq International Occupation Watch Center

Alianza Social Continental (Latin America)
Campaign Genoa 2001 (Greece)
Continental Campaign Against FTAA (Latin America)
Code Pink (United States)
Global Exchange (United States)
Globalize Resistance (United Kingdom)
Focus on the Global South (Philippines, Thailand, and India)
International Civilian Campaign for the Protection of Palestinians(France)
Palestinian Workers Union
Stop the War Coalition - Greece
Stop the War Coalition - UK

翻訳以上

(To sign this appeal, please send an e-mail with your name, organization,
country, contact details, to free-our-friends@focusweb.org. Please indicate
if you wish to sign as an organization or as an individual. Contact:Herbert Docena +96 1 316 4370)


 イラクのために働いてきた人たちがこういう目に遭うっていうのは、本当にいたたまれないなぁ。でも、非常に皮肉な言い方になりますが、拉致されて殺されるなら、NGO関係者の方がいい。なぜなら、「憎しみの連鎖」が起こらないだろうと、かなりの信頼度で期待できるから。残された友人や肉親がイラクへの憎しみを抱くよりは、ことの始まりを視野に入れることができるだろうと、期待できるから。とても非道い言い草だとは思いますが。
 戦争って、始めてしまうと、終わらせるのが本っ当に難しいんだな。

 彼女たちが無事解放されることで、国と国のレヴェルで起きた戦争も、人と人との架け橋を壊すことができないのだという確信を、もう一度私たちに信じさせて欲しいと、心から願います。

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