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July 10, 2004

非暴力で安全保障!その1

 成り行きで非暴力強化月間みたいになってますが、非暴力情報を発信してる日本語サイトは少ないみたいなんで、もうちょっとがんばってみます。

 で、今回は、欧米では国の安全保障にも非暴力的手法が真剣に検討されているという話。9条!9条!と唱えてるだけの護憲勢力はもっと勉強して欲しいもんです。まだ寺島俊穂さんの『市民的不服従』で読んだだけなんですが、ざっとあらましだけ。
 
 フィリピン革命や、ルーマニアを除く東欧革命以来、革命は非暴力が主流になってます(なってるんですよ、革命的時代錯誤思想の皆さん!)。ソ連共産党の崩壊も、クーデターに対して数万人の市民が“人間の鎖”をつくって合同庁舎ビルを取り囲み、戦車の前に立ちふさがる、というクーデター阻止が引き金になりました。
 社会の内部変革には、非暴力が有効だということが、グローバルに手を繋ぎ始めた市民社会では理解されてきました。

 さらには、国の防衛、安全保障の分野でも、非暴力が政策の選択肢として真剣に研究されている、と。
 ノルウェー、スウェーデンでは1960年代から、フィンランド、デンマーク、オランダでは1970年代から、フランスでは1980年代から、政府レベルでの検討が始まり、80年代以降オーストリア、スウェーデンなどで軍事的防衛を補完するものとして、非軍事的(非暴力的)防衛が採り入れられてるそうです。
 その他にも、リトアニア、ラトヴィア、エストニアのバルト三国では、非暴力防衛の政策が決議、又は真剣に検討されたとのこと。防衛省支援のもとに非暴力・市民防衛にかんする文献が訳出されたりしたそうです。

 イギリスの退役海軍司令官ステファン・キング=ホールは、早くも1957年に、「核兵器を含む軍事的手段よりも、準備された非暴力抵抗の方がよりよい防衛政策となる可能性」があると指摘し、暴力を他の権力メカニズムに置き換える必要性を主張しました。軍縮や地雷禁止などの国際条約、(アメリカが参加を拒んでる)国際刑事裁判所などの国際的なメカニズムで、戦争を縛っていく試みは、一部で実現し始めてますね。これを強化していくこと。それプラス、「準備された非暴力抵抗」が、実は安上がりで犠牲も少なく、結局は侵略を無力化させる方策なんじゃないか、という話です。市民的防衛論とか、社会的防衛論とか呼ばれています。

 侵略されても、支配されない。
 外国軍が侵入してきても、国土で生活する人々の生命や社会組織を守ることは、可能だ!なぜって、侵略には目的があって、つまりは利益を吸い上げるために侵略するわけだけど、外国軍が地元民の協力を一切得られなかったら、円滑に利益を吸い上げることは出来ないのですよね(ある程度までは、イラクの現状もそう)。
 徹底した非暴力で非協力を貫けば、ガチガチ戦闘をするよりは結局は少ない犠牲で、占領が割に合わない状態と、国際世論の喚起が期待できる。

 占領に対する非暴力抵抗の事例としては
 ◎1923年からのフランス・ベルギーのルール地方占領に対するドイツ人官僚・鉄道員・炭鉱労働者・経営者の抵抗
 ◎1940~45年の、ナチス占領下におけるオランダ・デンマーク・ノルウェーの抵抗。スポーツストライキが非暴力業界では有名ですが、他にもあります。教員団体が国民社会主義イデオロギー教育!を拒否して、1000人逮捕・北辺寒冷地にある強制収容所送りになり、その中で「十人に一人射殺する」と脅しをかけられても、教員たちの家族が屈しなかったので、結局は釈放せざるを得なくなったという、胸ときめくエピソード。占領を退けるには至らなかったが、国内のナチ化を抑止する力にはなり得た。
 ◎1968年チェコ事件。ワルシャワ条約軍に対して国民的規模の民衆抵抗が行われた。農民や小売店は侵略軍への物資供給を拒否、市民は戦車の前に座り込んだり、交通標識を壊したりすり替えたりして占領を妨害、ラジオやポスターで占領軍兵士を説得し、士気・効率の低下を招いたりした。しかしながら、アイスホッケーの対ソ試合勝利で熱狂した民衆が非暴力の規律を失い、最終的には抵抗運動そのものも失敗。
 ◎1956年ハンガリー事件。ソ連軍との市街戦も行われたが、説得や非暴力抵抗も主要な役割を演じ、一部のソ連軍将校の中には、ハンガリー側に身を投じて戦う者も現れ、戦死した者もあった!これは……感動的すぎます。

 チェコ事件を除いては国民的規模ではなかったし、あらかじめ注意深く準備された非暴力抵抗でもなかったので、もし日頃から非暴力抵抗を準備している国だったら、占領軍の困難はもっともっと増大すると期待できます。
 もちろん、非暴力抵抗でも、負けることもあるし、時には犠牲者も出るでしょう。でも軍事的に戦争をしても、負けることもあるし、犠牲者はずっと多いでしょう? そもそも軍事力って、より強大な軍事力にはかなわないわけで、お金もかかるし。

 国民規模での非暴力防衛を安全保障の主軸に据えるという議論を、寡聞にして護憲派から聞いたことがないんだけど、世論がここまで来る前に、声のデカイ議員さんたちの口から聞きたかったなぁ。
 今すぐ脱武装→非暴力防衛のみ、なんてことではなく、市民はあくまでも積極的な非暴力抵抗で戦い、既存の軍事力は領土防衛に限定、その上で、非軍事的防衛に比重を移していく努力をする、くらいだったら、これまでの日本の政策と、ほとんど摩擦がないと思う。このまま徴兵制まで行き着くくらいなら、国民全員に非暴力トレーニング義務化の方がいいと思うなぁ。
 非暴力防衛を高らかに宣言しちゃえば、逆説的に、抑止力となることも考えられます。永世中立国に侵略するのが憚られるように、非暴力防衛国に侵略するのは、もっと憚られるでしょ?
 で、私としては、自衛隊にも非暴力トレーニングをしてもらって、世界最強の非暴力平和部隊になって、人道支援のプロとして世界で活躍してもらうのがイイかもと思います。

 現実的な代替防衛構想として市民的防衛を提唱するアダム・ロバーツは、市民的防衛を可能にする条件を5つ挙げています。

1. ある程度の社会的結束と規律が保持され、国内暴力がかなり低い水準にある
2. 自分たちの社会制度や政治制度、文化に対する意識が強く、価値を感じている
3. 全面戦争に対する一般的認識と安全を保証する手段としての軍備に対する猜疑心
4. 遠隔地の同盟国や植民地の防衛よりも、自分自身の領土や社会に関心を持つ
5. 国内あるいは国際的紛争で、市民的抵抗を活用する伝統がある
 ロバーツさんは、このうち5以外の条件を日本は満たしているとして、9条がある日本こそ、非軍事的抵抗を基盤とする防衛について、少なくとも検討くらいはするべきだ、と言ってくれたそうですが……まだ、今なら間に合う、かな?どうかな? ちなみに5についてですが、日本の農民には重税に対して逃散しちゃうという立派な伝統がありますね。わけの分かんないエエジャナイカの伝統とかも。

 安全保障とか、ほんとは政治とかも、あんま関心ないし関わり合いになりたくないんですけどね、私。のんびりとネットでオカルトネタをあさる日々が、早く戻ってきますように。選挙が終わったら、もうちっとのんびりしよう。

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Comments

ご紹介ありがとうございます。参考までに読んでみます。
自分とは意見を異にする方の著作もなるべく読むように心がけてますので。

ちなみに、この本には50年にわたる原則非暴力による抵抗を継続しつつ、13万人とも言われる亡命者や87,000人とも言われる虐殺があったとされるチベットについては、どのように言及されておられるか、知りたいと思いました。
非暴力抵抗の最悪の失敗例ということなのでしょうか・・・

Posted by: たなb | July 10, 2004 at 10:03

非暴力ネタを話題にすると、必ずこの種の反証例?を挙げられるんですよね。
チベットに関しては、確かに不利な条件が重なったと思います。地理的に、あるいは地政学的に?国際社会の関心を呼びにくく、情報が外部に流れにくかったこと。中国が民主化されておらず、西側に対する経済的依存度がまだ低かったため、国際社会からの制裁を、あまり怖れないでいい状況だったこと。民族的差別感情と共産主義イデオロギーによって、中国軍兵士の中にチベット人に対する同情心が芽生えにくかったこと……等々。
でも、チベットの例を失敗と考えるなら、武器を取って戦った方が良い結果が出たはずだという想定が可能でなければいけないと思います。(抵抗せず降伏すべきだったというなら、無抵抗主義で何を守れるか、という別の議論ですよね)
どうですかねぇ……中国相手にチベットが武力闘争して、虐殺数が10万人以下で済んだでしょうかねぇ。文化的伝統の破壊が、非暴力闘争の場合よりも軽傷で済んだでしょうかねぇ。ことがチベット仏教なだけに、武装闘争自体が自文化の破壊になりかねませんし。彼らにとっては信仰の保全が領土の保全より価値があった、とも言えるじゃないでしょうか。

Posted by: shimada | July 10, 2004 at 16:28

shimadaさん丁寧なResありがとうございます。
そうです。shimadaさんがおっしゃるとおりあまりにメジャーな反証例であります。ですから、ご紹介の本では、上記文章で例示されている成功例と並べてどのように位置付けているのかたいへん興味があった次第です。
しかし、Resはいただけませんでしたので、『市民的不服従』での言及についてはわからないままではありますが、まあ自分で読んで確かめてねということなんだろうと思います。こちらとしても、思ったままを書いてしまったこと反省してます。

ついでながら補足しておきますと、私は非暴力を一方的に批判するつもりは無いのです。両方をバランスよく保ちつつ、文民の政治的判断でコントロールすることが望ましいと考えているのみであります。北朝鮮の問題が解決に向けて0.1歩程度とはいえ前進したことも、結局突破口を開いたのはアメリカの圧力(≒武力)であり、日本の非暴力的外交では到底解決できななかったことは自明です。

チベットについては、今でも続いていることだけに過去形では片付けられないことと思っております。(ワールドピースナウといった団体のサイトにはこの問題について一切触れられてない点、非常に興味深いことであります。)チベットについていえば、彼等が武力という手段に訴えることを考えること自体がナンセンスと思っています。私たちは、非暴力抵抗の一例として彼等から学びつつ支援し、自国の将来を考える姿勢が大切と思います。

私個人としては、文化や宗教というものはそれらが生まれ育った土地と切り離すことは出来ないものと思っています。「信仰の保全が領土の保全より価値があった」と言いきれるかどうかは疑問ですね。

ともあれ、早速書籍はチェックしてみます。
ありがとうございます。

Posted by: たなb | July 11, 2004 at 09:46

あ、本で取り上げてるかどうかという点に関心がおありなら、それはNOです。取り上げている事例にしても、非暴力の安全保障への適用としては、どれも部分的なものです。非暴力防衛の先例というのは、そういう部分的な事例しかありませんので。法学系の先生なんで、“憲法との整合性”という方向で議論を進めてたり(9条先にありき)、ちと辛いとこはあると思います(でも憲法制定の過程とか、憲法解釈の変遷とかは面白かったけど)。
たぶんわざわざチベットを挙げるのは、相手が中国だから香ばしい人たちは触れたがらないんじゃないかとか、そういう意図があると勘ぐるのですが(笑)?まぁ、問題抱えてる地域は残念ながらチベットに限らずたくさんあるので、チアパス、カレン族、チェチェン……平和団体がどれを取り上げてないからけしからんと言われても、って気はします。
あと、日本は非暴力外交なんかしたことないと思います。北に対してもだだの無為無策日和見無原則利権固執その場しのぎ外交なんじゃないですか。非暴力は暴力に屈しない断固とした覚悟があってこそ。そこんとこよろしくとお願いした上で、北については、アメリカの圧力(先制攻撃ありというルール無用ぶり)が、北の経済的崩壊一歩手前?のタイミングに重なって、脅しの効果を発揮したんじゃないか、と私も感じています。ブッシュのDQNぶりが将軍サマのDQNを上回ったと言いましょうか……。積極的非暴力外交を考えるなら、わけの分からないNGOに手を回してラジオやケータイをばらまくくらいやってもいいんじゃないかと思ったりします。ジョージ・ソロスが東欧のどこだったかにコピー機を配って民主化を支援したみたいに。

Posted by: simada | July 11, 2004 at 14:45

反証例として、第2次世界大戦前のバルト3国があります、この国は古くは北方戦争でスウェーデンからロシアに移ったり、第1次世界大戦のどさくさに独立した国ですが、スターリンの恫喝によりソ連に抵抗せず占領されてしまいました。
知識人などやソ連に批判的な人々はシベリアに送られたり虐殺され国民の3分の1以上が消えてしまったと言われます。

そして、バルト3国の併合で調子に乗ったソ連は、フィンランドに触手を伸ばしますが、フィンランドの奮戦によりソ連軍は大損害を受け、カレリア地方の割譲を条件に(日本で言えば近畿地方を丸ごと取られるようなものです)独立を保つことができました。

さて、無血で降伏したバルト3国と、戦ったフィンランド、どちらの運命が過酷だったでしょうか?
兵士が血を流したフィンランドと、赤ん坊や老人から男女問わずシベリアに送られたバルト3国。
国家の義務が国民を守ることであるとするならば、バルト3国は明らかに失敗したと評価するしかありません。

非暴力が通用するのは、暴力を上回る暴力が抑止力として存在している場合のみです。
個人が非暴力で生きていけるのは、社会的システムとしての警察力や裁判所、刑務所という暴力が抑止力として存在し、暴力を振るうと社会によって応報されるからであります。

Posted by: 波江 | July 23, 2004 at 19:24

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