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June 15, 2004

THE CAPE OF STORMS ―詛いとしての人生―

 “私は愛の難破船~”は明菜ちゃんでしたが、hydeさんに至っては難破船どころじゃありません。幽霊船になっちまったですよ、あなた。
 スケール観のある壮大な楽曲に、詛いとしての人生を歌っているように聞こえます。

 舵の利かなくなった船は、導(しるべ)の星さえ見えぬ嵐の海を、失くした愛を求めて永遠に彷徨い続ける。幽霊船、凄い勢いで詛われてます。
 詛いは罪の報い。その罪の色の暗さに、君は決して気付かないだろう、と言ってます。でも、罪の味がとろけるように口に甘いチョコレートのようだと、君は知り尽くしてる、とも言います。束の間の悦びに満たされても、夢には必ず終わりがある、とも。
 詛いと引き替えに犯した彼の罪とは? この根深さの詛いを招くからには、彼は世界を裏切ったのでしょうし、人生を裏切ったのでしょう。その時にはそうとは知らずに、“財宝”に手を伸ばしたのかも知れませんね。
 (この種の詛いを描いた物語ですぐ思い出せるのは、ディネーセンの短編。「イエスを殺せ、バラバを許せ!」という群衆の声で死刑を免れた盗賊バラバは、キリストの死後、どんな上等のワインを飲んでも味がしない……人生そのものが味を失ってしまった……という物語。)

 罪の色の暗さを知らない“君”と、永遠に詛われた彼を別けたのは何なのかも、ちょっと気になるところ。物語作家としては物語の法則に基づいて考えてみるわけです。彼は、罪の本質に気付いてしまった(“君”はまだ罪の表層に酔っているだけ)。罪とは、“財宝”に手を伸ばしたことというよりも……錨(いかり)を断ち切ったことではないかと、私は思うわけです。幽霊船は舵が壊れてますが、も一つ欠けているのが、錨。それを失っているから彷徨い続けなければならない。錨を失ったこと自体が人生への詛いなんだけど、それを断ち切ったのは、たぶん、彼自身なんじゃないかと。それが、世界を、人生を裏切る決定的な罪だったのではないか、と。
 錨は愛に包まれることとか安息とかの比喩ですが、彼はそこに偽りを見てしまったのだと思うのですよ。自分を縛っているのが錨だと。彼は自由が欲しかったんじゃないでしょうか。偽りの錨を断ち切ったら、真実の錨がないことに気付いた。手遅れ。
 そうして、終わりのない詛いとしての人生に、彼は行く先も知らずこぎ出した。……けれど、偽りに気付いてしまった彼に、他にどうしようがあったというのか? 生きることは詛いなのです。真実を求める限り。
 モチーフは彷徨える幽霊船と目新しいものですが、テーマはこれまでも歌ってきた、偽りを滅ぼしてしまえ系の、やや凹んでるヴァージョンかなとも思います。全編英語で歌ってますが、やっぱ、日本語でもこういう歌、歌って欲しいなぁ。

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