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October 12, 2000

言葉の夢

 朝食をとる前に昨夜の夢を語ってはいけない...と、ベンヤミンは言った。
 理由は文学的すぎて、私にはよく解らない。確か、「食べる」ことによって身体の「みそぎ」をして目覚めさせないと、体は半ば夜の世界に属したまま、昼の意識が夜の世界を裏切ることになるから...だったか。
 とにかく、朝食を食べてから、もう一度読み返して、それからアップしようと思ったのでした。

 本当は、「言葉の夢」を見ても、ほとんど覚えていることはない。

 浅い眠りの中で、文字と声と思考だけが、絶え間なくすごい勢いで流れていく。
 言葉に追いつけなくなって、目を覚ます。

 ひどく疲れてしまうのが殆どだ。
 どんな言葉があったのかも、大抵は思い出せない。
 論理の脳、あるいは合理的思考が、言葉に復讐されているように感じることもある。

 ごくたまに、もう少し慕わしい「言葉の夢」もある。

 映像が混じることもあるし、文字は無くて声だけの時もある。文字と声が、思考ではなくエモーションをかき立てることもある。
 目覚めても覚えているのは、そんな「言葉の夢」だ。
 ほんの時折の、流れ星のようなもの。

☆その1
 十代の終わり頃に見た言葉の夢。
 高校生だったか、大学に入った後かは覚えていない。

 「言葉の夢」といっても、これは映画の予告編のようだった。それも、SFアニメ大作の予告編という感じだ。マンガばっかり読んでたから仕方ない。

 燃え上がる月面基地、墜ちていく宇宙ステーション、惨事の片隅に取り残されて抱き合う恋人たち...いくつかの場面がカット・バックしながら、三度に分けて、一行ずつ字幕が入る。わずかにズームアップしながら。

どうか...
人間たちを
責めないでください

 今となっては大仰すぎてお恥ずかしいばかりだけど、まぁ、そういう時代の気分だったし、そういう気分の年頃でもあった。涙が出るほどのエモーションだったのは確か。
 言葉が持つエモーショナルな力は凄まじいと思った。
 今の自分からは出てこないだろう言葉だけれど、こんな祈りがどこかにあるのは、それほど悪くないと思う。
 エモーショナルな祈りは、所詮、センチメンタルなものでしかないけれど。

☆その2
 いつの夢だったかは覚えていない。たぶん二十歳前後の数年。大学時代だったか。
 これも映像付きの、どちらかというとコマーシャル・フィルムのような夢だった。

 列車に乗っている。画質はやや不鮮明で、解像度が荒い。
 車両の一番後ろ、連結部分に立っている。扉は開いている。草原と木立の風景が流れていく。
 一本の煙草に火を点つけると、言葉が流れ出した。

主よ 私は今
この旅立ちを祝福する煙草を
とても神聖な気持ちで吸っています

 これは文字の言葉ではなく、声の言葉だった。つまりは、夢にナレーションがついた感じ。
 でも映像に言葉が付いたというよりは、言葉が雰囲気を纏ったような夢だった。
 とても解放された、自由な気分で目が覚めた。

 親に隠れて吸う煙草って、結局、どれほどひ弱であれ、自由の狼煙の代替物だったんだよな。
 ま、こんな喫煙賛歌、今じゃJTのコマーシャルでも流せやしませんが。

☆その3
 これは数年前の夢だ。
 「言葉の夢」の、もっとも本質に近い一つ。

 映像はない。背景画像も定かではない。
 ただ真っ暗闇ではなかった。
 ぼんやりと白い、遠い空のような視界だったと思う。少なくとも、そんな空気だった。
 誰のものでもない声で、言葉が聞こえた。

はくぼたんでんか
白牡丹殿下が仰るには
真の貴族的精神は 現実を単なる事実の相で受け入れることが出来ないのだという

 びっくりして目が覚めた。
 そして、「ああ、これでいけるじゃないの!」と思った。

 物語作品を書き始めた頃で、カタカナ名前のファンタジーでは大人の読者が受け入れてくれないことに頭を悩ませていた。カタカナ名前を止めようにも、現実の世界、現実の時代に舞台をとることは、私にはまだ早かった。
 何処でもない何処か、いつでもないいつか。物語なりのリアリティをどうやって書けるのか、解らずにいたときだったのだ。

 そこへ、まったく思いもかけず、「白牡丹殿下」なる固有名詞が降ってきた。
 これで書ける! と、書き上げたのが、「銅貨一枚分の物語」だった(→こちら)。
 私にとっては、まさに「言葉のお告げ」。言葉の神霊に触れたのではないかとさえ思えた。
 言葉が象徴性をとどめたまま降りてきた、希有の体験。

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